わたしは意外とたいしたやつ?

人がなにかをなしとげるためのみっつの条件。
若いこと。
貧しいこと。
そして無名であること。
毛沢東のことばだそうです。

ここにもうひとつ加えるとしたら、
うん、わたしってなかなかたいしたやつだ!と思えること。
なんじゃないか?

昨日のお仕事では、そんなことを感じてきました。

もうすぐグランドオープンを迎える、とあるサイトの取材。
八戸市内の会計事務所さんに行ってきました。
代表を務めるKさんは、経営コンサルティングに力を入れている税理士さんなのですが、ちょっと意外なことばかりやっています。

ルーツ調べをする。
というのもその一つで、父母、おじいちゃんおばあちゃん、そのまたご先祖さま…とたどっていくんです。
業績アップの相談に来た社長さんに「先祖を調べましょう」なんて言うと、すごく遠まわりというか、関係ないことみたいですが。
このお話、ユキパル女にとっては、ごく自然にフにおちたんでした。

「自暴自棄になったりいいかげんになってしまう人には、わけがある」とKさん。
思えば、「まぁいいや」って自分から“降りて”しまうようなときには、いつも同じことが、心の中で起こっている気がする。

「自分なんてこんなもん」から始まる負のスパイラルにのみこまれると、なかなか抜け出せない。

自分で自分をみくびっている。そういうとき、まずまちがいなく、心のなかに自分以外のひとはいない。
いままでもこれからもひとりだし、関係ないし、私こんなもんだし、まぁいいでしょ。ほっといてよ。です。

「お金持ち」ということをプライドにしていたら、それはお金がなくなれば消えちゃうかも。「美人」をプライドにしていたら、歳をとったらこわいことになりそう。

でも「わたしはあのばあちゃんの孫だから」っていうプライドは、ずっと持ち続けることができる。最強、かも。ルーツを知るって、「わたしは意外とたいしたやつだ」っていうプライドを持つことにつながる気がするんですよねー。

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