街を織りなす〜イレール


イレール

イレールは10年前から、やぐら横丁の真ん中、花小路の入り口にあり、呉服を中心に手にすっぽりと馴染む器や小物、手触りのいい布製品などがゆったりとした面持ちで並んでいます。
 「きもの屋というと入りにくいというイメージがあります。その最初の取掛りを上手く提案していけたらいいなと。たとえば和食器から、きものを着てみたいという広がりが出来るような・・・」
 オーナーの日山陽彦(ひやまはるひこ)さん、通称ハルさんはそう言います。
 そこには、本当にいい物を長く使って欲しいという願いが込められています。

イレールは番町で【京ごふくのひやま】として36年間の歴史をもつ老舗の呉服店でした。
 花小路へは先代が開発した、着易い新きものを販売するアンテナショップを開く計画を『同じ店が増えるのは意味がない』と、ハルさんが全て計画を白紙にし、新しい企画で2000年の3月に開業。
 そのコンセプトは今のとは全く違い、きものをベースにしながら世界各国の物を置くグローバルな店舗を意識していたと言います。
 「イメージを溶かしたかったんです。イレールってフランス語で【非現実】なんですけど、色んな国があって、これをひとつにまとめることは「非現実ですか?」という問いかけでした」
 しかし、実際には和と洋で客層が分かれ、また、専門性もなくなっていき、『違うな』と感じたハルさんは、和に重点を置いたコンセプトへ変えていきます。
 少しずつ和食器や手づくりの物ときものが溶け合い、ひとつの商品から他の物へと共感が生まれてくるようになったといいます。
 「イレールは10年経ってやっと生まれた、という感じがありますね。初めのコンセプトでなかなか結果が出なかったのは、そこに共感がなかったから。例えば、都会のものを持ってきてもウケないんです。やっぱり、共感からものを集めないといけないとか、人との会話とか、それをしなければ届かないっていうのが判ってきて。そこから、和のものとか手づくりのものとか、ちょうど時代もエコだし――優しさとか精神的なものも関わってきて、だんだん形になってきたんです」

葛藤から革新へ

「僕、中卒なんですよね」とハルさん。
 幼い頃から漠然とあった『継いで当たり前』という考えへの自問と葛藤は脱八戸へと膨らんでいき、16歳で上京、アルバイト生活を始めます。
 その後、20歳でロンドンへ渡り1年間生活した後、ニューヨークへ移りますが、盗難に遭い緊急帰国。
 しかし、八戸には戻らず22歳で、カナダへ渡り約3年半を過ごします。
 八戸に戻ったのはイレールをやると決めた29歳の時。
 当初、ハルさんはイレールの形だけを作るつもりでいたといいます。縛られるのが怖かったと…。
 「跡継ぎから逃げたいって気持ちもあったんでしょね。でも、例えば僕が、普通の人だとして、『きもの屋やってみない?』って言われて、『店だしてくれんの?全然きもののこと知らないけど勉強します!』ってことですよね。それって実は相当な恵みを受けているのに当たり前だと感じていたんですよね。それが、『もしかしたら僕は相当ラッキーなのじゃないか』と、最近感じられるようになって・・・。当たり前じゃないんだなって」
 そう感じられるようになった今、継ぐことへの迷いはなくなったといいます。
 そして、『きっと、いろんなことから卒業できたんでしょね』とハルさんは笑います。

多くの和ものに接するうちに、技術的にも美術的にも優れているということが判ってきたとハルさんは話します。
 そして、その高い技術を持つ職人が消えていくという現実も目の当たりにします。
 それは文化が変わっていくこと。きものが過去の文化であり娯楽や趣味の域になってきているのかもしれないと。
 「生活の中にきものを取り入れて欲しいという気持ちはあります。一筋縄ではいかないと感じてはいますが、でも、その中で誰かがしなきゃいけない…誰かがやることであれば、『その役目』って言われたみたいなところがあって…それをしていく。そうありたいなと」
 ハルさんは自分が出来ることは何かを考え、もっと身近に親しめる提案をしたいと着方教室やきもので食事を楽しむ【きものみ】を行い、また、古いきものの仕立て直しや、金継ぎと呼ばれる手法で器を修繕するなどの再生にも力を入れています。
 そして今年の5月からは館鼻岸壁朝市に出店し、店にはないハギレや手ぬぐいや小物を販売しアンテナショップとして活用しています。
 「朝市は面白いですね。最初は『何を売るの?』とか言われたんですけど、売れる、売れないというよりも、いろんな層の人たちが声を掛けてくれるので、お客さんと双方向になるっていうのが新しい発見ですね。それに他の方のやり方を見ていると勉強になる」
 商品を売るというより、お客さんとのコミュニケーションと積み重ね。とハルさんは言います。お客さんとの関わりながらそこから共感と繋がりが生まれればいいと。
 「すごく共感を持っていけたらすごく良いでしょうね。一人一人と繋がっていかないといけないな、というか、それしかないなと」
 10月には店舗を縮小しリニューアルするイレール。さらに厳選した心持ちのいい和ものとの出会いはもうすぐです。

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