あきなう朝市、商う
今週の朝市(6月22日)は、深い海霧がかかり肌寒いぐらいのコンディションでした。
露天で行われている朝市では、季節と天候に対して注意深く敏感です。
朝市通いをしている、低気圧の進路や雨雲とか、一週間の天気予報が気になりだします。
人出はけっして少なくはなかったのですが、
「今日はあまり売れないねぇ」という声が、出店者からけっこう聞こえました。
人出と売上げが比例する時もあれば、
人出のわりには売上げが上がらない、
人出が少ないけれど、そこそこ売れる、
その日によって、またお店ごとでも違いもありますが、そういういろんなパターンがあります。
言うまでもなく朝市はイベント会場ではなくて「市」で、商う場所です。
出店者にとっては、商品が売れたかどうかが一番の大事となります。
だからと言って、買わないお客さんを歓迎しないというのではありません。
遠方からの来場者に対して「はるばるとようこそ、おんでやぁんせ」という気持ちをもっています。
かつて売ったり買ったりする自体が、コミュニケーションであった時代があったような気がします。
今の時代は、売る人と買う人が画然と分かれている、分かれすぎているという感じです。
商品を通して売った人や買った人の「顔」が浮かぶことは少ないです。
朝市では、売る人は買う人であり作る人でもある、という循環を実感することがあります。
売ったり買ったりする場が、娯楽の場だった時代があったと思います。
一時期の「百貨店」がそうだったイメージがあります。
室町時代の楽市楽座がどのようなものだったか知りませんが、
「商い」の場が人同士のつながりの場だったり、楽しみの場であることは少ないものです。
「やっていて飽きないからアキナイというのだ」とよく言われますが、
売上目標を達成するべく、マニュアルに沿って接客することがアキナイとは思えません。
それじゃセールスですものね。
「市」も「商い」も、ちょっと深い言葉かもしれません。
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