遠くて近い戦争

齢を重ねると、もっと世の中がはっきり見えてくる、理解できるものと思っていましたが、そんなことは全くなかったとつくづく思います。
2月24日から始まったロシアによるウクライナ侵攻は、あっという間に世界を揺るがす事態に陥って、己の世界的視野の狭さを思い知らされました。東日本大震災から11年が経ち、まだ何万人もの避難者がいるという現実もうまく脳内感覚で処理できず、加えて新型コロナ禍が3年目という中での出来事です。
チェルノブイリ原子力発電所がロシア軍によって攻撃されるという報道で、1986年4月26日のチェルノブイリ原発事故の記憶がよみがえりました。東ヨーロッパの放射能が日本にも到達するということで、その到達する時間帯には不気味な怖さを感じて思わず周囲を見渡したりしたものでした。
当時はまだソ連(ソビエト社会主義共和国連邦)だったウクライナ、キエフの地名が記憶の隅に刻まれました。それから東西冷戦終結、ソ連邦崩壊などが続き、世界の構成地図が著しく変わり、チェルノブイリがその後どうなっているか、多く考えることもありませんでした。今回の原発攻撃というロシアの軍事行動は、福島の原発事故を経験した東北人として、広島長崎の被爆体験をもつ日本人として対岸の火事とも思えず、ガイガーカウンターの針が振り切れたように理解できる範囲を超えてしまいました。
プーチン大統領の〝精神的な異変、理性的な判断能力を失なった狂気の独裁者〟と決めつけたい気持ちが大いにあります。
しかし、自分自身、ウクライナの位置すら正確に知らなかったわけだし、ロシア、ウクライナの歴史に対してあまりに無知すぎます。思うことは、この戦争で何千人、何万人と犠牲者の数が積み重なっていきますが、そこには1人ひとり個々の生活の営みがあったでしょうし、その死とは、全体を束ねた数字ではなく〝1人ひとり個別の死〟という巨大な重さに、内心恐れおののいています。

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