A Change Is Gonna Come?

2月号の編集室はお休みしたので、ここに書いておくことにしました。
1月21・22(土・日)にかけて東京世田谷美術館の『藤原新也・祈り』展と上野・国立西洋美術館『ピカソとその時代 ベルリン国立ベルクグリューン美術館』展を観ました。
東京に行くのは、2019年12月以来。上野で『ゴッホ』展、オープンしたばかりの渋谷パルコをのぞき見しました。明けて翌年2020年からコロナ禍でした。それから五輪やら何やらで、あれよあれよと事態が急展開し、ちょうど3年ぶり。春節で中国からの観光客も多く目立ちます。
新幹線、宿泊はもちろんオンラインでしたが、入場チケット購入について調べたら、入場時間指定での事前予約が必要だとか、以前とは勝手が違って少しとまどうこともありました。ほぼペーパーレスだったので、スマホに何かトラブルがあれば大変だぁと実感しながら向かいました。体温チェック、マスク着用は無論でしたが、美術館ではいつのまにか写真撮影がOKとなっていたことに軽く驚きました。
だんだん元に戻ってきているように見える東京の人混み。それでもコロナ前の東京とは、何か位相が違って見えるというか、この3年間で世界がずれたような感覚がまとわりつきます。
その一方で、しかし、とどのつまり、たいして変わっていないのだという開き直りに似た気分も生じました。
山手線の乗客の多くがうつむいて手にしていた雑誌や新聞が、今はスマホに代わっただけで、高齢化と人口減が目に見える地方と、若い世代が流入して人口集中の続く都市とでは、その住む人間の生活感覚はまったく違うでしょう。さらに1950年頃からすでに少子化は始まっているなどという話を聞くにつけ、この構造の変わらなさは一体何だろうとつい考えてしまいます。

BBC東京特派員として日本で10 年を過ごしたというルパート・ウィングフィールド・ヘイズ記者のリポート『日本は未来だったが、過去にとらわれている』(Japan was the future but it’s stuck in the past)では「私は日本のあり方に慣れ、変化しようとしていないという事実を受け入れるようになった。日本は次第に衰退するのか? 日本が新たに繁栄するためには変化を受け入れなければならないが、失う特別なものについて考えると心が痛む」としめくくっています。
変わらないまま歴史は繰り返されるのか、近頃の空気に対し「戦争だけはゴメンだ」と祈りに似た思いを抱きます。

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