ポール佐藤の「まちの音まちの色」第1回
あれは確か中学一年生の時、ラジオから流れた「ペニーレーン」を聴いて、ビートルズにノックアウトされてしまった。一番感受性の鋭い時期に、最高の音楽に触れたのだ。
一九七五年当時、バンドはとっくに解散していたし、我が家はレコードの一枚も置いていない、音楽に疎い環境である。それでもラジオは茶の間に転がっていた。今思えば、私と世界を繋ぐ秘密の抜け穴のようなものだ。この小さな黒い箱を通じて、ビートルズのウイルスは私のハートに感染した。
夕方のリクエスト番組、NHK―FM『こんばんは6時です』でビートルズが掛かるのを待ち構え、カセットレコーダーのマイクで録音して繰り返し聴いた。ジョンやポールと同じに歌いたくて、毎日歌マネをした。寝床に入ってからもぶつぶつ唸っているので、心配した母親に歌うことを禁じられたこともある。
歌詞の意味はさっぱりわからない。学校で英語の授業が始まっていたけれど、聴き取りや訳詞する力など付いてはいない。耳で聴いた音をカタカナでメモして暗記した。たとえば名曲『イエスタデー』は、「イエスタデー、オーマイチャボージンゾォーファールウェー・・・♪」といった具合に。
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