ジーパン学長コラム第4回 866キロの自分との闘い〜大谷真樹


オートルートアルプス2103

 第7最終ステージのゴールのニースの輝く海が目に飛び込んできた時、実は達成感も感動も無かった。涙も。ただただ「やっと終わった」という気抜けていくような安堵感のみ。「もう走らなくていいんだ」。
「来年もまた出るかい?って?」「ノンメルシー!」もう二度とこんな辛い山岳ステージレースは出ないと誓った。

 スイス・ジュネーブ発フランス・ニースゴール、アルプスを越える総走行距離866キロ、総獲得標高21000メートル。世界で最も高く過酷なアマチュア自転車レース「オートルートアルプス2103」

 52歳のあまりに無謀な挑戦であったが、無事完走することが出来た。
 元来、僕は辛い事は忘れて楽しい事だけ記憶に残る都合の良い楽天家なのであるが、今回は辛い事しか記憶に残っていない。大会が発表した写真の素晴らしい景色も殆ど記憶に無く、今となっては悔しい限りだ。
 恐らく苦しくてずっと下を向いていたのであろう。毎日約6時間以上、ひたすらモニターの自分の心拍数を見つめ全身の筋肉そして薄いサドルに乗る尻の悲鳴を騙しながら走る。時速70キロも出る下りは一瞬の気のゆるみが大事故につながる。肉体的にも精神的にも、様々なストレスで限界の挑戦だった。

 昨年10月に「世界で最も過酷」「日本人完走者はいない」
 この二つのフレーズに完全に射止められてしまった。今の自分をこれ以上奮い立たせる課題は無い。
 決意してすぐに厳しい減量とトレーニングに取り組んだが、トレーニングできる時間は朝のみ。冬の間は大学野球部寮で部員とともに朝練をこなした。最初は不思議な眼差しで見ていた部員達だが日増しに挨拶の声が大きくなった事は教育的効果か。年が明けてからは酒も断ち6キロ以上の減量を達成。肉体的精神的修行の9ヶ月であり、関係者の理解が無ければスタート前に挫けていたであろう。
 地域の応援団、学校関係者、チームメイト、サポートスタッフの皆さんに心からお礼を申し上げたい。有り難うございました。

 第3ステージの寒い朝、内臓の疲労と水が合わなかったのか夜半から朝までトイレで唸っていた。
 スタート5分前決意し、チームメイト筒井君から正露丸を二粒もらい最高所となる2800mの峠を目指した。寒さで水も飲めず更に脱水症状は悪化した。
 「あの峠でリタイヤしよう」と辿り着いた補給所で、ボトルに書かれた教え子達の応援メッセージが目に入った。凍える指でボトルを手にし一口だけ水を含み酷寒の峠を下った。
 「這ってでもゴールしよう」


オートルートアルプス2103

 ボトルとともに七日間僕を支えてくれた沿道の村人や子供達の声援。今も「アレ!アレ!」という声が耳に残っている。
 帰国後、メッセージを書いてくれた起業家養成講座の修了生たちや職員が祝勝会を市内で開いてくれた。あれほど夢見たゴールのニース海では涙のひとつも出なかったのに、お礼の挨拶中に第3ステージの苦しさと勇気を与えてくれたボトルを思い出し、不覚にも涙をこぼしてしまった。

関連記事大谷真樹(八戸学院大学学長)オートルート・アルプス日本人初完走の舞台裏。
※この記事は、2013年12月下旬発行の八戸マガジン『ユキパル13』最新号に掲載されます。


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