あったかもしれない世界と今ある世界
今年は新型コロナウィルスの関係で、時間が過ぎるのがずいぶん早いような、また裏腹に遅いようなアンビバレンツな感覚があります。正月時の気分を半年たった現在から思い出すと、世の中のいろんなことが一変してしまったような気がします。
特に何事もなくオリンピックイヤーとなったはずの2020年と、今自分たちが生きている2020年の世界の2つがパラレルワールドのように存在しており、ふっと何かの弾みでこっちのほうにスライドしてしまったのじゃないかという奇妙な感覚です。コミックや映画なんかでよくあるタイムスリップ、村上春樹さんの小説『1Q84』の月が2つある世界のようなもんでしょうか。
コロナが少し小休止したと思っていたら、今度は令和2年7月豪雨で九州や岐阜・長野で大きな被害が出ました。目を東京に戻すと、コロナの「第2波」への懸念が現実味を帯びています。
このような世相で、平常心でいることはなかなか難しい。それでなくとも落ち着きのない自分が少しでも平常心を保つべく、日頃ブックマークしている名言集から心のビタミンとして転記しておくことします。
阿呆はいつも、彼以外の者を阿呆であると信じている。(芥川 龍之介)
わたしたちは踏みなれた生活の軌道から放りだされると、もうだめだ、と思います。が、実際はそこに、ようやく新しいものが始まるのです。生命のある間は幸福があります。(レフ・トルストイ)
このひどい世の中、永遠のものなんてないのさ。我々のトラブルさえね。(チャーリー・チャップリン)
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