野に咲く花の名前は知らないけど

 衆議院総選挙があって、ミラノ・コルティナ冬季オリンピックがあり、気分がざわつく2月だった。
 インターネットが加速度的に人間の生活に浸透して以来、アルゴリズムという言葉が頻繁に出てくる。何じゃい?アルゴリズム。そのうさんくささは、「あなたにおすすめ」情報が頻繁に出てくる(フィード表示)ようになって強まった。それに興味があっても全くなくても気味悪い。使えば使うほど、おそらく精度は上がっていくだろうが、自分自身の趣味嗜好、性向、感じ方、考え方を探偵されている感覚があった。アルゴリズムなどに自分を分析してほしくない。そもそも自分自身が自分を理解していないのだ。
 放っといてくれと思いつつ、AI君にも「インターネットのアルゴリズムは、人間の視野を狭めてしまっているのではないか?」という問いを立ててみた。
 答えはこうだった。
「はい、その懸念はかなり本質的で、しかも実証研究でもほぼ裏づけられつつあります。結論から言えば、アルゴリズムは平均的に見て、人間の視野を〈広げる力〉より〈狭める力〉の方が強く働きやすいと言ってよいです。最適化目標が〈理解〉ではなく〈滞在時間〉。つまり数学的に言えば、〈あなたを賢くする関数〉ではなく〈あなたを離れさせない関数〉です。その結果=不快な情報→除外、反対意見→出にくくなる、既存の嗜好→強化されるというフィルターバブルが生まれます。〈自覚できない〉のが一番危険。自分で選んでいるように見える。秩序を与える。快適さを与える。しかし現実そのものからは遠ざける」
 ——というのである。ここで、はたと疑問が生じて混乱がある。これも結局は自分が望んだ回答なのではないのかと。
 青森県が誇る棟方志功が芸術家を志したきっかけは、小学6年生の時に田んぼの小川で転んで、目の前にあった白い花の美しさに感動したことにあった、というのはよく知られる逸話だ。棟方志功を芸術家に生み育てるのは野原の白い花であって、けっしてアルゴリズムではないような気がやっぱりしている。

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