
想像してごらん、世界がぜんたい…
1月も半ばをすぎたので正月気分はとっくに失せて、国内外のニュースを見ると「荒れまして、めでたくないゴザイマス」。
一昨年の能登半島地震以来、1月1日は新たな年明けと同時に追悼の日となった。丸2年、被災地では今も約1万8000人が仮設住宅で暮らしているという。復旧復興の感じは全くない。
1月3日、トランプ大統領の指示でヴェネズエラの首都カラカスで軍事作戦を行い、独裁者だというマドゥロ大統領とその妻を拘束し「適切な政権移行」までアメリカがヴェネズエラを「運営する」とまで言う。さらに次の標的になるのは南米コロンビアや北極圏のデンマーク自治領グリーンランドだとか不穏な年初でもある。ドンロー主義とかを掲げるトランプは「我々にとって絶対に必要」だから、軍事行動の可能性をほのめかして領有に意欲を示す。地上げ屋の手口そっくりだ、とあるコメンテーターは言っていた。これがトランプ流ニューディール政策なんかいって「ニューディール」を検索してみたら「トランプ(これはカードゲームのほうだろう)などの撒き直し」「チャラにして出直すという意味」だとか。
ロシアのプーチン大統領が、2018年に核使用の可能性をチラつかせながら「ロシアが世界に存在しないとしたら、なぜ世界が必要か?」と発言していたということをウクライナ侵攻の後で知って、ぞっとした。自分がいない世界には意味がないと言っているに等しい。今度はトランプが自分にとって必要だから他国の土地を領有するという。いつからこんな世界になったのか。
かつての正月はのどかだった、と思えるのは単に世界の実相を知らずに暮らしていけたからだけだったのかな。
うんと若い頃、宮沢賢治の「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という有名な言葉を知った時は、たぶんユートピア的な希望の言葉として受け取っていた。老いた今は、本当は絶望の言葉かもしれないと思い始めている。世界がぜんたい幸福になることはいったいあるのかを考えると、今のところ暗い。



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